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ニューヨーク

学生時代の終わりに、ひとりでニューヨークを訪れた。

お金もろくに持っていなかったから、ユースのドミトリーに荷物を置いて毎日美術館に通い、脚が動かなくなったら外に出てホットドッグで簡単に食事を済ませ、また街を歩いた。

居抜きで入った華やかなショップが営業している古い建物やロングランのミュージカルを覗いたり、道端のぼろぼろのゴミ箱や映画で観たことのある摩天楼を眺めたりしながら、この世界はなんて広くて深いんだろうと思った。

雨に濡れたアスファルトと、傘を差してバスを待つ親子を見ながら、生まれて初めて寂しいと思った。

自分にもこういう感情があるんだということに初めて気付いた。

気に入っていた大きめのフードパーカーは同部屋の若者に譲った。

もうそろそろ外の世界に出てもいい頃なんだろうなと思った。

Lectio

半分のお月さまも黄色いお星さまも眠くなってきました

-白いお星さまも、青いお星さまも、夜になりました。

大人も、子供も、おばあちゃんも、おじいちゃんも、お父さんも、お母さんも、お兄さんも、お姉さんも、赤ちゃんも、

お人形も、いぬも、ねこも、うさぎも、りすも、たぬきも、きつねも、みんな、みんな眠っていました。

「くまちゃんも?ぞうさんも?ペンギンちゃんも?」と娘が訊くので、

「そうだよ、みんな、みんなだよ」と私は答える-

沢木耕太郎 『雪の手ざわり、死者の声』

僕は、彼が娘さんを寝かしつけるときにする変テコな”オハナシ”が好きで、何だか自分の子どもの頃を思い出して温かい気持ちになれるし、父としても参考になる。