IdeaLiving

こども達の見ている世界

自分がまだ小さな子どもだった頃に、何か乗りものを見たり乗ったりして驚いたという記憶はあまりない。

新幹線も割と丸っこいデザインをしていたような気がするし、車だって人を威圧するような大きさではなくて

いかにもお父さんが休日を家族と楽しむための、というような控えめなものが多かったように思う。

近頃の乗りものはスピードもパワーも収容力も格段にアップしていて、今にもロボットに変形したり合体したりしそうな (実際にアニメではそういうシーンも) デザインも見かける。

今を生きている子ども達は今の世界に存在しているモノから刺激を受けて育っていくのだとしたら、これからどんな世界を創っていってくれるのだろう。

IdeaStyle

つるり

いつの頃からか陶器とか磁器とかのツルンとした感じに惹かれるようになった。

眺めていると、その滑らかな表面に触れてみたいという衝動に駆られる。

そうした欲求の全てが叶えられるものではないということは勿論わかっているけれど、そういう欲が身体のどこからか湧いてくるということ自体、何となく嬉しいような気もしてくる。

IdeaStyle

曖昧な記憶と

美術館に何を望んで行くのかと言えば、「なにか新しいこと」だろうか。

いや、どうも違うなと思う。

自分と別にご縁があったわけでもない作家の絵を観ていても時々、むかし自分にもこんなことあったよなって感覚におそわれることがある。

自分のなかの曖昧な記憶とか、もうだいぶ昔に忘れてしまった大事な何かを思い出しに行っているのかもしれないなと思ったり。

IdeaStyle

日曜日の庭

気持ちよく晴れた日曜の朝には美術館を歩きたい。

小ぶりな美術館の場合、それほど脚が疲れるわけでもないのだけれど

中庭に抜ける扉を見つけると、つい吸い込まれるように外へ出て、木製のチェアに腰をおろす。

考えてみればここは美術館の一部であって我が家ではないし、年に何度も通うわけでもないのに何故こうも落ち着くのだろうと、いつも感心してしまう。

IdeaLectio

寄り道

コロナによって「●●帰り」みたいなものが軒並み無くなってしまったけれど、

何かのついでにフラッと美術館に立ち寄れるくらいには安全な世界を取り戻したい。

美術館に限らず、寄り道ほど日常をワクワクさせてくれるものはない。

IdeaSafari

この国が伝える美

『正倉院の世界』。

“大階段”が好きな僕としては入場前から密かにテンションが上がる。

展示品を観ながら、今日観たもののなかには自分が死ぬまでに状態が大きく変わったり、あるいは焼失してしまったりするものもあるかも知れないなと思った。

というより、ただでさえ自然災害が多いこの国で、争乱が続いたこの千数百年を生き抜いた品々をいま見られること自体が奇跡に近いのかもしれない。

限られた撮影可の宝物を試しにカシャリとしてみたものの、何か違うなと思って途中でやめてしまった。

一方で、(この展覧会に限らず) もっと多くの人の目に触れるように、個人による文化財の撮影と転用を広く許可してもいいような気もした。

フェロノサじゃないけど、こういうものはnational treasures (国民の宝)であって、保存の観点からは色々制約もあるのだろうけども、上手な方のTwitterなんかを通じてもっと世の中にシェアするべきでは、とも思う。

そういうのが文化財保護に繋がるってことはないのですかね。

先祖が守ってきた品々の存在自体を知らないまま僕たちが死んでいくのはあまりにも不幸だし、それをひとりひとりが探して歩くには人生は短過ぎる。

SafariSpiel

人は言葉、象は牙

東洋文庫本館からオリエント・カフェへ通じる外廊下には、古今東西の文字と諺 (ことわざ) が並んでいる。

カリグラフィー愛好家やフォント好きには堪らない空間。

やっぱり中庭があるとホッとする。

Style

HOKUSAI

東洋文庫の北斎展、行ってきました。

『江ノ島春望』

多色刷り? 色遣いが良い感じです。

娘さん (葛飾応為) が描いたお父さんの肖像画だそうですが、何とも言えない味が。