
-「私の家 (うち) は京の三条通りなんです。横町は松原通りです。」
松原も三条も東西の通りですが、私はこんなことを云ってました。
「そして家の左の方は加茂川なのです。綺麗な川なのですよ、白い石が充満 (いっぱい) あってね、銀のような水が流れているのです。東山も西山も北山も映ります。八阪の塔だの、東寺の塔だの、知恩院だの、金閣寺だの銀閣寺だのがきらきらと映ります。」
「まあそんなにいいとこだすか。」
「ええ、家の裏の木戸を開けて、石段を下りて、それから小い橋をとんとんと踏んで行くと、河原なのです。河原は夏なんか涼しくってねえ。」
与謝野晶子 『嘘』
級友たちが代わる代わる継母 (ままはは) の厭な話をする毎日に飽き飽きしていた著者が、ある日突然「今迄隠していましたけれど。」と嘘の物語をするという話。
なぜだか、ぐいぐいと引き込まれてしまった。