
-戦争を境に、私は子供のときに大切にしていた本のほとんどぜんぶを失くしてしまった。とはいっても、家が戦災にあったわけではない。
すべてがせっぱつまったなかで、十五歳から十六歳にかけての一年間、東京の家から関西の家へ、そのつぎは家族と別れてひとり東京の学校の寄宿舎へと移りあるいているうちに、
ここで一冊、あそこで二冊と、無くしたり、そんなものは置いていらっしゃい、と言われたりしながら、
セミが殻を脱ぐように子供時代を脱いでしまって、
大切にしていたさして多くない宝物を、惜しいとも思わないであちこちに散らせてしまった-
須賀敦子 『葦の中の声』
思い返してみれば、こどもの頃から物心両面で本当にいろんなものを捨てたり、置いてきたりしてしまったなとも思うし、一方で根本的なところは何ひとつ変わってないような気もする。