Lectio

考古学、技術史、美術史などは、今日まで残った文書記録類ではときにわからない古代の諸関係に、重要な暗示を与えてくれる。

-いついかなる時代にあっても、世界の諸文化間の均衡は、

人間が他にぬきんでて魅力的で協力な文明を作りあげるのに成功したとき、

その文明の中心から発する力によって攪乱 (かくらん) される傾向がある-

ウィリアム・H・マクニール 『世界史』

たとえば二百年くらい後になって、歴史学者が2020年頃の世界を研究したとしたら

マクニールが言うところの「世界に対する攪乱の焦点」、あるいは 「文化活動の第一次的中心」というのは、どこになるのだろうか。

やはり米国ということになるのだろうか、それとも…

Lectio

文字をもつ伝承者

-その晩、田中翁が家へかえったあと宿で、

翁の元気な間にいろいろ記憶しているところを書きとめておいてもらおうではないかと言うことになって、その翌朝別れるときに

「田中さん、あんたとても元気だから、一つ、今まで見た事きいた事、自分のやって来たあたらしい事を含めて、思いつくままに書いてみませんか。

もし応援がいるような時には私が手伝いに来ます。森脇さんや牛尾さんもおる。

どんなにくだらぬと思うようなことでも、あんたの心にふれたものは書きとめてみて下さい」とたのんだ。

すると翁は目をほそめて、「年よりちうもんは使い道のないもんだと思っとりましたが、案外役に立つこともあるんですな」と笑った-

宮本 常一 「忘れられた日本人」

文字に残っても、残らなくても、その人が生きたことの価値みたいなものは変わらないけれど

何かの形で後世に残れば、僕たちは、文字を通してその人々にいっとき、触れることができる。

フォークロアみたいなものだって「文字」というものがこの世に生まれなければその多くは失われてしまっていたんだろうな、なんて思ったりした。