
-我々人間としてこの世に存在する以上どう藻掻 (もが) いても道徳を離れて倫理界の外に超然と生息するわけにはいかない。
道徳を離れることが出来なければ、一見道徳とは没交渉に見える浪漫主義な自然主義の解釈も一考して見る価値がある。
この二つの言葉は文学者の専有物ではなくって、貴方方と切り離し得べからざる道徳の形容詞としてすぐ応用が出来るというのが私の意見で、
何故そう応用が出来るかというわけと、かく応用された言葉の表現する道徳が日本の過去現在に興味ある陰影を投げているという事と、
それからその陰影がどういう具合に未来に放射されるであろうかという予想と
まずこれらが私の演題の主眼な点なのであります-
夏目漱石 『文芸と道徳』